2つの国にまたがるユネスコ世界遺産の鐘楼
ロワール渓谷といえばシュノンソー城などの古城の数々、ノルマンディーといえばモン・サン・ミッシェルといった具合にフランスの各地には多くの世界遺産があります。それでは、フランス北部にある世界遺産はご存知でしょうか?
実は、フランス北部とベルギーには56の鐘楼(beffroi)があり、これらはユネスコの世界遺産に登録されています。ピカルディー(Picardie)、ノール(Nord)、パ・ド・カレ(Pas-de-Calais)を統合した2016年よりオー・ド・フランス(Hauts-de-France)と呼ばれる地方にある23の鐘楼は、1999年のベルギーの鐘楼群に遅れること6年、2005年に世界遺産に仲間入りしました。これらの23の鐘楼はそれぞれの街のシンボルでもあり、街の歴史を語る上で欠かせないものなのです。

教会にある鐘楼とはどう違う?
鐘楼と言っても、馴染みのない言葉でピンと来ないかもしれません。日本では仏教の影響から鐘つき堂を想像しがちです。鐘がある塔であることには違いないのですが、世界遺産に登録されているフランス北部にある23の鐘楼は、キリスト教の教会などにある鐘楼とは役割が異なるのです。
元々、フランス語で鐘楼の意味を表す「beffroi」とは、建物の中にある鐘をついた時に、その振動から建物が崩れるのを防ぐために鐘を覆うように作られた木製の構造物のことを指していました。その後、中世に入ると「beffroi」は鐘を含む建物自体のことを意味するようになりました。
中世のフランス北部において、鐘楼は、国王や領主に土地を治める助役と自治体の自主独立を具現化するものとして存在していました。その当時のフランス北部はまだフランスではなく、フランドル(英語ではフランダース)伯領だったことも忘れてはなりません。フランドルは、現在のオランダ南部、ベルギー西部、そしてフランス北部に広がり、毛織物業を中心に発達し、商業で栄えました。
フランドルの街々において、鐘楼は証書などを正式なものとする公印を保管する役割も果たしていました。他の地方にもこのような鐘楼はありますが、かつてのフランドル領であるベルギーと共通する歴史的背景などから、世界遺産に指定されているのはオー・ド・フランス地方の鐘楼だけなのです。

23の多種多様な建築様式
街の自治の象徴としての役割は23の鐘楼に共通するものですが、外見や建築様式は多種多様です。例えば、一番上の写真にもあるブローニュ=シュル=メールの鐘楼はかつての城の主塔を改築したもので、飾り気のない質素で重厚なロマネスク様式ですが、2つ上の写真のアラス(Arras)の鐘楼*はフランスの各地にある大聖堂を連想させる装飾が所狭しと外面を覆ったゴシック様式です。
*塔の部分のみが鐘楼で、下の部分は市役所庁舎。
一方で、リール(Lille)の鐘楼は第一次世界大戦後に建てられたもので、その高さは104メートルでフランドルの伝統的な建築を継承しつつも、当時世界的な流行を見せていたアール・デコ様式で建てられています。
鐘楼の上層部に登るとカリヨン(組み鐘)と呼ばれる複数の鐘があり、鍵盤を使って音楽を奏でることができます。街に響く鐘の音は当時教会や領主とは独立した力を持っていた街の自由を象徴するものと言えます。街中を歩いている時に鐘の音を聞いて空を見上げると、少しだけ当時の街の人々と通じ合えるような気がしますね。
世界遺産に登録された鐘楼とフランドルならではの建築美が感じられる街