知られざる「ノルマンディーのカマンベールチーズ」の秘密

鉄道の発達によって全国区に

カマンベールチーズ Gillot

カマンベールチーズはその後マリーの子孫によってさらに製法に工夫が加えられていきます。そして、1850年にはパリからリジュー(Lisieux)経由でカン(Caen)につながる鉄道が開通し、それまで3日間かかっていた輸送が6時間に短縮されました。これによって、パリでのチーズの需要が高まり、生産がさらに拡大されるようになりました。

また、当時の時の権力者であったナポレオン3世はカマンベールチーズをいたく気に入り、自らの邸宅でもあるパリのチュイルリー宮殿(1871年に焼失、現在はチュイルリー庭園のみが残る)に運ばせるほどでした。

こうした時代の後押しを受けて販路を拡大していったカマンベールチーズの次なる課題が輸送と保存方法でした。色々な方法の中で、1890年には現在のようにポプラの木箱で包装されるようになります。それまで使っていた藁に比べて長時間の輸送にも耐えられるようになったことで、カマンベールチーズはその地位を不動のものとしていったのです。

カマンベールチーズの名前と製法を守る戦い

Syndicat des fabricants du Véritable Camembert de Normandie

20世紀に入るとカマンベールチーズの名声は世界中で聞かれるようになります。その一方で、圧倒的な知名度が仇となり思いがけぬ形で国内外で競争に晒されます。フランス国内だけでなく世界各国で独自のカマンベールチーズを作り始めたため、ノルマンディーのカマンベールチーズとしてのブランド力を次第に失っていったのです。

この状況を危惧したノルマンディー地方のカマンベール製造業者は組合を作り、カマンベールチーズの定義を細かく決め、その基準に合ったチーズにのみ上記のようなラベルを貼るなどの対策を取りました。さらには、「カマンベール」の名称の使用をめぐり司法の判断を仰ぎます。しかし、主張は認められず、カマンベールの名称はチーズの種類として一般的なもので、製造地さえ記載すればどこのチーズでもカマンベールと名乗ることができるという判決を受けました。

さらに、1950年に入ると技術的な進歩により、伝統的な製法を使わないカマンベールチーズが台頭してきます。昔ながらの殺菌処理をしていない生乳を使わず、低温殺菌をした牛乳を使う工場が増えていったのです。

Logo AOP

こうした流れを受けて、1983年に「ノルマンディーのカマンベール(Camembert de Normandie)」として原産地呼称(AOC)を取得しました(現在はヨーロッパで統一されたAOP(保護原産地呼称))。ノルマンディー種で1年のうち6ヶ月以上放牧された牛の生乳を使い、玉杓子を使って手作業で型を作ったもので・・・などの細かいマニュアルに沿って作られたカマンベールチーズのみが上のラベルを付けることが許されています。

ただ、伝統的な手法を使っているノルマンディーのカマンベールチーズ製造業者の悩みの種は、極端に言うとノルマンディーにある工場で作ったカマンベールであれば箱に「ノルマンディーのカマンベール(Camembert de Normandie)」とさえ書かなければ、ノルマンディーやカマンベールの名前を使うことは可能であると言うことです。

例えば、「ノルマンディー産のカマンベール(Camembert fabriqué en Normandie)」と書いた商品は名前がAOPで保護されていないので、その基準を満たしていなくても法的には問題なく販売ができます。伝統的製法を使っていなくても、カマンベールチーズであることには変わりないからです。実際に、スーパーなどにはAOPのカマンベールチーズとそうでないものが混在していて、今も現在進行形で解決策を巡って議論が続いているようです。