知られざる「ノルマンディーのカマンベールチーズ」の秘密

伝統的なノルマンディーのカマンベールチーズの歴史と定義に迫る

カマンベールチーズ

フランスの食文化を語る上で欠かせないものの一つといえばチーズです。フランス人は平均で年間25キロのチーズを食べる消費大国であるだけでなく、なんと1200種類ものチーズをヨーロッパ諸国を中心に輸出をする一大生産国でもあります。

そんなチーズ大国のフランスにあって、チーズフォンドュやグラタンなどに使われる調理用万能チーズのエメンタールチーズ(emmental)を除けば、一番消費されているのがカマンベールチーズです。世界的な知名度を誇るこのフランス原産の白カビチーズは日本でもお馴染みですね。

ところで、カマンベールチーズがノルマンディー地方生まれだということをご存知ですか?カマンベールチーズはノルマンディー地方のカマンベールという村で生まれました。そうです、チーズの名前は村の名前から来ているのです。

カマンベールチーズの誕生秘話

カマンベールチーズは1761年にノルマンディー地方オルヌ県のクルット(Crouttes)という村で生まれたマリー・アレル(Marie HAREL)という女性によって発明されたと言われています。彼女が夫のジャックと一緒に住んでいた場所では、すでに17世紀末の時点で素晴らしいチーズが作られており、村の名前のカマンベールのチーズとして市場で売られていたようです。つまり、マリー・アレルが一からカマンベールチーズを生み出したという訳ではないようです。

現在のカマンベールチーズの原型となるものが生まれたのは1791年と考えられています。時はフランス革命の真っ只中。ちょうどこの年にカトリック教会は国の管理下に置かれることになり、聖職者たちは公務員と同じように扱われ、国家に誓いをすることを求められました。それを拒否した場合は弾圧され、中には牢獄に入れられる、または殺された者もいました。そういう時代において、宣誓を拒んだ多くの聖職者たちは身を潜めながら布教活動を続けていたのです。

そんな時代の流れは、ノルマンディーの田舎に住んでいたマリー・アレルと彼の夫のジャック・アレル(Jacques HAREL)の下にも思いがけぬ形でやってきます。1790年に宣誓を拒んだ神父が身の危険を恐れて彼らの下に身を寄せることとなったのです。

この神父はパリ盆地の東にあるブリー(Brie)の出身でした。ブリーはイル・ド・フランス(Île-de-France)地方をはじめとして多くの派生種があるブリーチーズが生まれた場所であります。ブリーチーズには1000年の以上の長い歴史があり、その起源は中世にまで遡ります。一説によれば、そんなブリーのチーズを知る神父がマリーにチーズの作り方に助言をを与え、元々あった彼女の地元のチーズに改良が加えられました。こうして生まれたのがカマンベールチーズなのです。

鉄道の発達によって全国区に

カマンベールチーズ Gillot

カマンベールチーズはその後マリーの子孫によってさらに製法に工夫が加えられていきます。そして、1850年にはパリからリジュー(Lisieux)経由でカン(Caen)につながる鉄道が開通し、それまで3日間かかっていた輸送が6時間に短縮されました。これによって、パリでのチーズの需要が高まり、生産がさらに拡大されるようになりました。

また、当時の時の権力者であったナポレオン3世はカマンベールチーズをいたく気に入り、自らの邸宅でもあるパリのチュイルリー宮殿(1871年に焼失、現在はチュイルリー庭園のみが残る)に運ばせるほどでした。

こうした時代の後押しを受けて販路を拡大していったカマンベールチーズの次なる課題が輸送と保存方法でした。色々な方法の中で、1890年には現在のようにポプラの木箱で包装されるようになります。それまで使っていた藁に比べて長時間の輸送にも耐えられるようになったことで、カマンベールチーズはその地位を不動のものとしていったのです。

カマンベールチーズの名前と製法を守る戦い

Syndicat des fabricants du Véritable Camembert de Normandie

20世紀に入るとカマンベールチーズの名声は世界中で聞かれるようになります。その一方で、圧倒的な知名度が仇となり思いがけぬ形で国内外で競争に晒されます。フランス国内だけでなく世界各国で独自のカマンベールチーズを作り始めたため、ノルマンディーのカマンベールチーズとしてのブランド力を次第に失っていったのです。

この状況を危惧したノルマンディー地方のカマンベール製造業者は組合を作り、カマンベールチーズの定義を細かく決め、その基準に合ったチーズにのみ上記のようなラベルを貼るなどの対策を取りました。さらには、「カマンベール」の名称の使用をめぐり司法の判断を仰ぎます。しかし、主張は認められず、カマンベールの名称はチーズの種類として一般的なもので、製造地さえ記載すればどこのチーズでもカマンベールと名乗ることができるという判決を受けました。

さらに、1950年に入ると技術的な進歩により、伝統的な製法を使わないカマンベールチーズが台頭してきます。昔ながらの殺菌処理をしていない生乳を使わず、低温殺菌をした牛乳を使う工場が増えていったのです。

Logo AOP

こうした流れを受けて、1983年に「ノルマンディーのカマンベール(Camembert de Normandie)」として原産地呼称(AOC)を取得しました(現在はヨーロッパで統一されたAOP(保護原産地呼称))。ノルマンディー種で1年のうち6ヶ月以上放牧された牛の生乳を使い、玉杓子を使って手作業で型を作ったもので・・・などの細かいマニュアルに沿って作られたカマンベールチーズのみが上のラベルを付けることが許されています。

ただ、伝統的な手法を使っているノルマンディーのカマンベールチーズ製造業者の悩みの種は、極端に言うとノルマンディーにある工場で作ったカマンベールであれば箱に「ノルマンディーのカマンベール(Camembert de Normandie)」とさえ書かなければ、ノルマンディーやカマンベールの名前を使うことは可能であると言うことです。

例えば、「ノルマンディー産のカマンベール(Camembert fabriqué en Normandie)」と書いた商品は名前がAOPで保護されていないので、その基準を満たしていなくても法的には問題なく販売ができます。伝統的製法を使っていなくても、カマンベールチーズであることには変わりないからです。実際に、スーパーなどにはAOPのカマンベールチーズとそうでないものが混在していて、今も現在進行形で解決策を巡って議論が続いているようです。

一度は味わいたい本物のノルマンディーのカマンベールチーズ

様々な種類のカマンベールチーズ

現在ではカマンベールという名前が付いていても製法や製造地の異なる色々な種類のカマンベールチーズが店頭に並んでいます。

ノルマンディー地方で本場のカマンベールチーズを食べたい、またはフランスで本場のカマンベールチーズをお土産に買って帰りたいと言う方は、昔ながらの製法で作られた「Camembert de Normandie」と箱に書かれたAOPのラベル付きのカマンベールチーズをぜひ探してみてください。日本で作られているカマンベールチーズとは違うノルマンディーの香りが嗅覚と味覚を刺激するはずですよ。

追記:AOPのカマンベールチーズを巡る争いが本記事を書いた2ヶ月後に進展があり、2021年よりAOPの基準が変わることとなりました。本物の伝統的なカマンベールチーズを見つけるには注意が必要です。詳しくは下記の記事をどうぞ。

ノルマンディーのカマンベールチーズ戦争についに終止符?

 

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