ブルターニュ地方のディナールが「北のニース」に例えられる理由とは?

サン・マロの対岸にある異国情緒漂う街ディナールを散策してみよう

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フランス北西部ブルターニュ地方のサン・マロの港から出る船に揺られることわずか10分。ランス川(la Rance)の河口を挟んで対岸にあるディナール(Dinard)の街が見えてきます。船の上から見る建物の数々は保養地にふさわしい優雅さが漂っています。これはサン・マロ(Saint-Malo)やディナン(Dinan)などの同じランス川沿いにあるブルターニュ地方の街には見られない特徴です。

ディナールがブルターニュ屈指の保養地になるまで

ディナールはしばしば「北のニース」と例えられます。その理由の一端は海沿いに植えられた草木に垣間見れます。船着き場沿いのある1931年に整備された遊歩道には地中海を思わせる草木が並んでいます。これは当時コート・ダジュール海岸と競い合っていたディナールが観光客を呼び寄せるために保養地としての質を高める目的で行った公共工事の一貫でした。穏やかな気候のおかげもあって、ブルターニュ地方にいながら南仏に行かずとも地中海にいるかのような雰囲気に浸れるのにはこういった行政の努力の賜物とも言えます。

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実は19世紀前半までのディナールは漁業に従事する小さな村に過ぎませんでした。今では国内外から多くの観光客が訪れるレクリューズ海岸(Plage de l’Écluse)ですが、当時はまだ海水浴場としては整備されておらず、地元住民でさえも今のように海で泳いで楽しむということはありませんでした。信じ難いかもしれませんが、当時はまだ「海水浴」という概念が存在していませんでした。フランス北部のブローニュ=シュル=メールなどを皮切りにイギリス人がフランス北部にこの新たなレジャーの形をもたらしたことからディナールの景色は大きく変貌を遂げていきます。

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レクリューズ海岸

1830年ごろにブルターニュ地方で最初の海水浴場ができてから約30年後の1858年にディナールの最初の海水浴場としてレクリューズ海岸が整備されました。海水浴の当初の目的は療養でしたが、その意味合いは徐々に薄れ、砂浜のすぐそばにはカジノなどが建てられてレジャーとしての海水浴が定着していきました。レクリューズ海岸は貴族階級の社交の場として栄えた一方で、サン・マロ側にあるプリュレ海岸(Plage du Prieuré)は中流階級などの家族によって使われました(当時のガイドブックには男性用、女性用、社交のレクレーションなどといった具合に海岸は利用者によって場所によって区分けされていたようです)。しかしながら、まだまだ海水浴は一部の限られた階級のもので、大衆の手が届く娯楽ではありませんでした。

イギリス人とディナールの繋がりとは?

コート・ダジュールのニース(Nice)にある海岸沿いに整備されたプロムナード・デ・ザングレ(Promenade des Anglais)がそうであったように、ディナールの海水浴場の発展は英国人の貢献抜きでは語れません。それまではディナンやノルマンディー地方のアヴランシュ(Avranches)を訪れていたイギリス人観光客は海水浴をするために次第にディナールに現れるようになり、当時のヴィクトリア女王の治世の大英帝国の繁栄を象徴するかのように、裕福な貴族はこぞって別荘を建てました。娯楽の面でもイギリスの文化が大きく反映され、クリケットやゴルフなどのクラブができました。実はディナールにフランスで初めてのテニスクラブを始めたのも彼らの存在あってのことでした。ニースがそうであったようにイギリス人の文化や景観の面での街への影響はとても大きかったことが伺えます。

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アルフレッド・ヒッチコックの銅像

2つの大戦を経てそれまで貴族のものだった海水浴が大衆化した後も、イギリスとディナールの繋がりはあるイベントの誕生によって続くこととなります。それは1989年に始まったディナール英国映画祭です。毎年9月に開かれるこの映画祭は毎年多くの英仏のスターが来場して盛り上がります。20回記念の際にはレクリューズ海岸にイギリス人映画監督のアルフレッド・ヒッチコックの銅像が建てられました。

2017年の28回目のディナール映画祭は9月27日から10月1日に開催されます。この機会にカンヌのように映画祭まであるイギリスの香りがする「北のニース」に一度足を伸ばしてみてはいかがでしょうか?

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