ワインだけじゃない?世界遺産の街ボルドーの見どころ

フランスの「月の港」ボルドーの観光前に読みたい街のあれこれ

こんにちは。

フランス政府公認ガイドの濵口謙司(@tourismjaponais)です。

あなたはボルドー(Bordeaux)と聞いて何を思い浮かべますか?

おそらく多くの方はワインを連想することと思います。逆に「ワインと言えば?」と聞けば「ボルドー」と答える人も多いのではないでしょうか。

もちろん、街の発展に大きく貢献したワインを抜きにしてボルドーの歴史を語ることはできません。しかし、もう一つ忘れてはならないのは、ボルドーにはユネスコ世界遺産に指定されている美しい街並みがあることです。

今回はそんなフランス南西部にあるワインと世界遺産の街、ボルドーをご案内します。

コメディー広場にあるボルドー国立歌劇場・大劇場

目次

  1. 「月の港」ことボルドーとワインの蜜月
  2. ユネスコ世界遺産に指定された18世紀の建築群に見とれる
  3. ボルドーのもう一つの世界遺産、サンティアゴ・コンポステーラの巡礼路
  4. ボルドーへの行き方

1. 「月の港」ことボルドーとワインの蜜月

なぜワインがボルドーの代名詞となったのか?

ボルドーは「月の港(Port de la Lune)」と呼ばれることがあります。何ともロマンティックな名前ですが、これは街中を流れるガロンヌ川(La Garonne)が三日月のような形をして蛇行していることに由来しています。

ボルドーのポン・ド・ピエール
1821年に完成したポン・ド・ピエール(Pont de Pierre)。ガロンヌ川を隔てて反対側の岸から見る景色も壮観。

一日中ボルドーに滞在していると、ガロンヌ川の流れが逆流している光景に出会うことがあるかもしれません。これは、潮の満ち引きで満潮の際に海からの水が遡ってきているため。

つまり、ボルドーは海と目の鼻の先に位置しているということ。少し川を下れば、そこは大西洋なのです。ここからボルドーのワインは世界中へ輸出されるようになりました。

その始まりは、まだボルドーがフランスではなくアキテーヌ公国にあった12世紀のことです。アリエノール・ダキテーヌ(Aliénor d’Aquitaine)として知られる女公アリエノールはイングランド王のヘンリー2世と結婚し、「アンジュー帝国」とも呼ばれるイングランドとフランスの半分以上にまたがる広大な領地を支配することとなりました。

当時のヨーロッパにおいてフランス王国よりも大きなアンジュー帝国の誕生によって、ボルドーのワインは大西洋を北上し、イングランドに輸出されるようになりました。

さらには、オランダや大西洋を越えてアメリカ大陸にまで輸出されるまでに。ボルドーのワインの質はもちろんですが、この地理的要因がボルドーの名声を世界的に高めるきっかけであったわけです。

ワイン博物館のシテ・デュ・ヴァン

ボルドーを訪れる方にはやはりワインを味わうだけでなく、もっとワインのことを知りたいという方も多いと思います。そんな方にオススメしたいのが、「シテ・デュ・ヴァン(Cité du vin)」です。

ボルドーのシテ・デュ・ヴァン
独特なフォルムのシテ・デュ・ヴァンの外観

ボルドーだけでなく世界中のワインの歴史や文化を知ることができる博物館で、見学の後には試飲も可能。マルチメディアを駆使した展示なので、フランス語が分からなくても直感的に楽しめます。

平均的な見学時間は2〜3時間ですが、隅々までしっかり見ると1日中かかるくらい充実の内容です。また、館内には世界中のワインを取り添えたショップやレストランも入っています。

2. ユネスコ世界遺産に指定された18世紀の建築群に見とれる

ワインで有名なボルドーですが、もちろん街自体も見どころはたくさん。パリを除けばフランスで一番多くの建物が文化遺産として保護されている街で、2007年には「月の港ボルドー」としてユネスコ世界遺産に指定されています。

12世紀から始まったイングランドやオランダとのワインの交易の歴史、そして18世紀の都市計画に基づく整然とした街並みなどが評価されての世界遺産の仲間入りとなっています。

18世紀の街並みに隠れた中世のボルドー

現在のボルドーの旧市街を歩くと、近世以降の建物が多く、あまり中世の建物を見かけることがありません。

中世までは現在のフランスの主要都市の多くは城壁に囲まれていました。ボルドーもその例の一つで、かつては街は城壁によって守られていました。かつての街並みは新しい建物の陰に消えてしまいましたが、グロス・クロッシュ(Grosse Cloche)と呼ばれる建物は当時の街の面影を今に伝えています。

クロッシュとはフランス語で鐘のこと。サンテロワ門(Porte Saint-Eloy)と呼ばれる城門であったこの建物は13世紀に立てられ、15世紀になって街の鐘を刻む鐘楼となりました。今ではフランスに現存する最も古い鐘楼となっています。

ボルドーの鐘楼グロス・クロッシュ
ボルドーの中世の趣を残すグロス・クロッシュ

ところで、どうして城壁が消えてしまったのでしょうか?

これには色々な理由が考えられますが、一つには兵器の発達により、18世紀のフランスにおいては中世に作られた城壁は無用の長物となってしまったことが挙げられます。

他国と接する境界線近くの城塞は強化される一方で、戦略的な価値を失った場所の城壁などは維持費がかかることから次第に見捨てられていく傾向にあったのです。

一方で、18世紀の初めは太陽王ルイ14世、そしてルイ15世が君臨していた時代でした。王宮の権力を示すためにフランス各地に広場を作り、その中央には時の権力者である王の像が立てられました。それと同時に、時代の流れから外れた中世の街並みは消えて行ったのです。

完成まで20年を要したガロンヌ川に面するブルス広場

ボルドーの旧市街にあるブルス広場(Place de la Bourse)も王の威光を示すべく作られた広場の一つでした。現在では世界遺産都市としてのボルドーを象徴する場所でもあります。

ブルス広場とその建物の建築にはフランス王お抱えの建築家であったジャック・ガブリエル(Jacques Gabriel)がたずさわりました。彼はブルターニュ地方レンヌの市庁舎とその広場などフランス中の重要な建物の設計に関わった人物です。

1728年にボルドーを訪れた彼は、「月の都」の美しさに魅了され、その素晴らしさに見合うような後世に残るものを作ることを心に誓ったそう。そんな彼の願いは見事に結実していると言えます。

ボルドーの水の鏡

1735年から始まったブルス広場の建築はその後、彼の息子に受け継がれ完成まで20年の歳月を要しました。広場を取り囲む建物の数々は古典主義様式で建てられています。

古典主義様式とはギリシャやローマの古代建築に着想を得ながら、派手さはないですが、調和や簡潔さが前面に出た建築様式です。広場全体を見て、そして建物一つ一つに注目しながら目を凝らすと、それぞれが均整の取れていて、左右対称に建てられていることが分かります。

広場が作られた当時はフランス王ルイ15世の騎馬像が鎮座していましたが、体制が変わったフランス革命後にナポレオン1世の像に建て替えられました。現在では1869年に建てられた3人の美神の像が広場の中央に置かれています。

フランス王の姿は広場から姿を消しましたが、秩序立った建築が並び立つブルス広場は当時の王権の栄華を今に伝えています。

ブルス広場の美しさを際立たせる「水の鏡」

ボルドーの街歩きが楽しいのは、18世紀の石造りの街並みの中に現代の私達の時代に作られたオブジェが散りばめられているからかもしれません。その一つが「水の鏡(Mirroir d’eau)です。

ボルドーの水の鏡
水の鏡は毎日10時から22時まで稼働。冬季(10月から4月)はメンテナンスのため休止。

2006年にブルス広場の前に作られた文字通り水でできた鏡で、ジャック・ガブリエルが作った建築群を映し出すもの。3450平方メートルの大きさを誇る世界で一番大きい水の鏡で、パリの噴水技師のジャン・マックス・ロルカ(Jean-Max Llorca)が設計しました。

ボルドーの水の鏡は鏡になる時間帯と霧を発生させる時間帯があり、それによって雰囲気が全く異なります。夕焼けの時間帯や夜にブルス広場の建物がライトアップされた時は、水の鏡にその姿が映って本当に幻想的。まるで一つの芸術作品の中に立っているような気さえします。

3. ボルドーのもう一つの世界遺産、サンティアゴ・コンポステーラの巡礼路

美しい18世紀の街並みの他にもボルドーにはユネスコ世界遺産が存在します。実は、1998年より世界遺産入りしたサンティアゴ・コンポステーラの巡礼路に関連するボルドーの3つの教会が世界遺産リスト入りしています。

サンティアゴ・コンポステーラの巡礼路とは?

中世のヨーロッパにおいてローマやエルサレムなどとともに一大巡礼地として知られていたサンティアゴ・コンポステーラ(Santiago de Compostela)。ヨーロッパ各地から伸びるこの道は、スペインのガリシア地方にあるサンティアゴ・コンポステーラへと続いて行きます。

フランスにはいくつか巡礼路がありますが、その一つが古城で知られるロワール渓谷の街トゥールから続くものです。この道はボルドーを通り、ピレネー山脈を越えて、スペインの西端にあるサンティアゴ・コンポステーラへと伸びていきます。フランス語ではサン・ジャック・ド・コンポステル(Saint-Jacques-de-Compostelle)と呼ばれます。

ボルドーにあるサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路の看板

ちなみに、フランス語でコキーユ・サン・ジャック(Coquille Saint-Jacques)と言うとホタテ貝(コキーユはフランス語で貝の意味)のこと。サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路には、道を示すためのホタテ貝を形どった印を見かけますが、これは巡礼者のシンボルだからです。この印を辿ってサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂を目指します。

かつての巡礼者が訪れた世界遺産の3つの教会

かつての巡礼者たちは旅路の途中にある教会や大聖堂などに立ち寄り、祈りを捧げて行きました。ボルドーではサン・ソラン・バジリカ聖堂(Basilique Saint-Seurin)、サン・ミッシェル・バジリカ聖堂(Basilique Saint-Michel)、そして、サンタンドレ大聖堂(Cathédrale Saint-André)がとりわけ信仰を集め、今では世界遺産の一部となっています。

フランスのボルドーにあるサンタンドレ大聖堂
サンタンドレ大聖堂

中でも、ぜひ訪れて欲しいのがゴシック様式の傑作でもあるサンタンドレ大聖堂。中世においては数々の王族の結婚式が行われた由緒正しい場所で、空に伸びる2つの尖塔が印象的な全長124メートルの巨大な建築物です。

11世紀に始まった建築は、その後増築と修復を繰り返し、現在の姿になったのは16世紀のこと。元々、サンタンドレ大聖堂が建てられた場所は沼地であったことから、建物が崩れないようにするため補強に長い歳月がかけられたそう。

サンタンドレ大聖堂のすぐ近くにある塔は実は大聖堂の鐘楼なのですが、こちらも地盤がゆるいことから、大聖堂の建物とは別の場所に建てられています。

祭壇の置かれた内陣と呼ばれる場所は14世紀に作られた。天井までの高さは29メートルある。

今の私たちがサンタンドレ大聖堂を訪れても、その荘厳さに圧倒されます。そう考えると、写真はおろか本すら普及していない時代の中世の巡礼者たちがこの建物を見たときの感動ぶりは想像すらすることができません。

ボルドーにあるサンタンドレ大聖堂のレリーフ「最後の審判」
1250年頃に作られた「最後の審判」

上の写真はサンタンドレ大聖堂の入り口の上にある彫刻で、2013年に修復されたもの。この時の調査で、この彫刻にはかつて彩色が施されていたことが分かっています。中世にはこのように教会の彫刻に色が塗られることが珍しくありませんでした。

きっとかつての巡礼者たちはボルドーが近づくと、人づてに聞いていたサンタンドレ大聖堂の話をしていたことでしょう。そして、大聖堂を目の前にすると、その建物の威容に圧倒され、中に入る前に彫刻の美しさに感動していたのではないかと想像できます。そんな風に思いを巡らせると、建物がまた違った風に見えるのではないでしょうか。

世界遺産の街ボルドーには他にたくさんの見どころがあります。近郊にもワインの産地として知られるサンテミリオン(Saint-Émillion)などがあり、ワインセラーめぐりができます。日帰りではもったいないので、ぜひゆっくり時間を取ってボルドー観光を楽しんでみてください。

4. ボルドーへの行き方

パリ・モンパルナス駅(Paris Montparnasse)駅から高速鉄道TGVで約2時間、ボルドー・サン・ジャン駅(Bordeaux St Jean)駅下車。

駅からブルス広場までは徒歩で約30分。駅前からは路面電車が運行していて、ブルス広場など街の中心部まで行くことが可能。片道1.70ユーロ。

また、ボルドーの路面電車や観光施設がお得に利用できるシティパスも便利です。