フランス屈指の美しいパッサージュ、ナントのパッサージュ・ポムレ

若き公証人ポムレの思惑

1843年に完成したパッサージュ・ポムレの名前は公証人のルイ・ポムレ(Louis Pommeraye)に由来します。彼は、不衛生で評判の悪かった界隈を、パリで当時流行していたパッサージュに変えたいという熱意を胸にこの計画に取り組みました。

ナントのパッサージュ・ポムレの大階段
テュフォー(tuffeau)と呼ばれるロワール渓谷の古城などにも使われる石灰岩が使われている。

彼の行く手には多くの難関が待ち構えていました。地元の住民の反対とともに、彼が最も頭を悩ましたのは技術的な問題。標高差が9.4メートルある斜面にあったことから工事は難航し、3年間の工期を要しました。しかしながら、その困難な立地条件がヨーロッパでも例を見ない3階建てのパッサージュを生み出したのです。

パッサージュ・ポムレには2つの建築様式が使われています。ギリシャや古代ローマの美術を彷彿させる新古典主義と、色々な過去の建築や美術の様式を組み合わせた19世紀ならではの折衷主義。これらは伝統的な建築材である石と、19世紀を象徴するガラスと鉄によって具現化されています。

このパッサージュはまさに過去を踏襲しつつも現代性を兼ね備えていて、それゆえに当時のナントの人の心を捉えたのかもしれません。ルイ・ポムレの思惑通り、このパッサージュは産業革命による経済的な発展の後押しを受けて台頭したブルジョワ階級が通うようになりました。歩きながら周りを見渡すと至るところにある美しい彫像やレリーフの数々を見ると、当時のナントの繁栄ぶりを感じることができます。