イギリス人が始めたフランスの海水浴場の歴史

フランスで一番有名な海岸が「イギリス人の遊歩道」と呼ばれる理由とは?

フランス人のバカンスの定番の目的地は海です。夏になるとテレビでは海水浴場ごとの天気予報もあるほどで、気温も水も少しまだ肌寒い6月くらいでも賑わい始めます。

日本でフランスの海岸というと、その真っ青な海の色から紺碧海岸という意味をもつコート・ダジュール(Côte d’azur)が一番有名だと思われます。映画祭で知られるカンヌ(Cannes)やアンティーブ(Antibes)なども知られていますが、中でも約7kmに渡って広がるニース(Nice)のプロムナード・デ・ザングレ(Promenade des Anglais)の海岸は世界的な知名度を誇っています。

ところで、2016年の7月14日のテロの痛ましい記憶が残るプロムナード・デ・ザングレ。この海岸線の名前を日本語に訳すと「イギリス人の遊歩道」という意味になります。なぜフランスで一番有名な海岸が「イギリス人の遊歩道」と呼ばれるのでしょうか?

フランス北部から始まったフランスの海水浴場の歴史

海水浴の歴史は17世紀半ばにイギリスで始まります。海水浴はもともと日本の温泉のように海水に浸ることで得られる健康への効用と保養が目的でした。

どのように海水浴が現在のようにレジャーになっていったのでしょうか?それは当時の時代背景と関係があります。

18世紀に入るとロンドンは大都市となり、人口が過密化していきます。18世紀末には産業革命が始まり、その傾向にはさらに拍車がかかり、農村部から都市部への人口の流入がより顕著になっていきました。

そんな状況下において、イギリス人たちは鉄道の発達とともに遠くの山や海に出かけるようになりました。これがレジャーとしての海水浴の始まりです。そして、18世紀後半になってイギリス人により海水浴がお隣の国フランスにも伝わったのです。

フランスで海水浴場の先駆けとなったのは地理的にもイギリスに近いフランス北部でした。ノルマンディーのディエップ(Dieppe)や現在のオー・ド・フランス地方のブローニュ=シュル=メール(Boulogne-sur-Mer)はフランスで最初の海水浴場としても知られています。

後者には1763年にはすでに海水浴場の文化が伝わっていたようです。しかし、18世紀末のフランス革命、そしてナポレオンの台頭によるフランスのイギリスとの対立などもあり、本格的に発達が始まるのは1820年代のことです。

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当時のブローニュ=シュル=メールの海水浴場

意外に思われるかもしれませんが、当時の海水浴は貴族などの特権階級のためのものでした。海の前にはダンスやコンサートをするための大きな広間のある建物が建てられました。そこで受付を済まして水着(といっても今のものとは程遠いですが)を借りて、上の写真のような更衣室も兼ねた屋根のついた馬車に乗って砂浜を渡って水浴びをしに行きました。