パン・オ・ショコラ、それともショコラティーヌ?

フランスを二分するチョコレートパンの本当の名前は・・・

こんにちは。フランス政府公認ガイドの濵口謙司(@tourismjaponais)です。

フランスのパン屋でよく見かけるのが、上の写真の中央のようなチョコレートをクロワッサン生地で包んだパン。サクサクのパンの食感と口の中で溶けるチョコレートの組み合わせは絶妙で、これがフランス旅行の楽しみの一つという人も多いのではないでしょうか。日本でも、フランスに本店があるパン屋はもちろん、フランスで修行をした職人さんの開いた店で見かけることが増えています。

ところで、このチョコレートの入ったパンの本当の名前をご存知ですか?パン・オ・ショコラ(pain au chocolat)という人もいれば、ショコラティーヌ(chocolatine)という人もいるでしょう。両方とも正解といえば正解です。というのは、このパンの呼び方はフランスでも地方によって違うからです。

目次

  1. 場所によって異なるチョコレート入りパンの名称
  2. ショコラティーヌの名前はイングランド由来?
  3. パン・オ・ショコラVSショコラティーヌ論争
  4. 気になるフランス大統領の意見は?

1. 場所によって異なるチョコレート入りパンの名称

このチョコレート入りのパンの起源をめぐっては諸説あります。子供のおやつのためにパンにチョコレートを入れたのが始まりとも言われていますが、特に歴史や伝統的にどこかのに地方に根ざしたものではないようです。

©Atlas du français de nos régions (Edition Armand Colin)

上のフランス地図はこのパンの呼称の分布を示したものですが、こうして見るとパン・オ・ショコラ(pain au chocolat)とショコラティーヌ(chocolatine)以外にもいくつか別の呼び方があることが分かります。フランス北部や東部ではプティ・パン・オ・ショコラ(petit pain au chocolat)やクロワッサン・オ・ショコラ(croissant au chocolat)などと呼ばれているというのは興味深いところ。

また、フランス国外に目を向けると、ベルギーの一部ではクク・オ・ショコラ(couque au chocolat)と呼ばれます。「couque」というのはオランダ語でビスケットやケーキを意味する「koek」に由来します。確かに、地図をよく見ると、フラマン語とも呼ばれるベルギー北部のオランダ語圏で使われていることが分かります。ちなみに、地図にはないですが、カナダのフランス語圏のケベック州ではショコラティーヌが使われているそうです。

2. ショコラティーヌの名前はイングランド由来?

さて、フランスに再び話を戻すと、これまで見てきたように国内でも色々な呼び方があるのにも関わらず、パン・オ・ショコラとショコラティーヌの対立構造だけが鮮明なのは不思議です。これは、フランスの北と南の半目の代理戦争的なものとも言えるかもしれません。

フランスでショコラティーヌと呼ばれるところは、ヌーヴェル・アキテーヌ(Nouvelle-Aquitaine)とオクシタニー(Occitanie)という2つの地方にほぼ合致しています。ここはかつてアキテーヌ公国があった場所。中世にはフランス王国をしのぐ広大な領地を有していたアキテーヌ公ですが、実はかつてはイングランド領でもありました。

これは、12世紀半ばに、イングランド王のヘンリー2世がアキテーヌ女公のアリエノール・ダキテーヌと結婚したことに端を発しています。これにより、イングランド王はアキテーヌ公領の共同統治者となったばかりか、現在のフランス南半分とイングランドやアイルランドなどで形成される「アンジュー帝国」と呼ばれる大国の主君となりました。その後、フランス王国にも脅威となり続けましたが、英仏百年戦争のイングランドの敗北とともに、アキテーヌは1453年にフランス王国に併合されたのです。

実は、そんな歴史背景から、ショコラティーヌの名前が生まれたという説もあります。この約2世紀にわたるイングランド統治時代の間、フランスの菓子パンに目がなかったイングランド人は、アキテーヌにいる間は「chocolate in bread」を好んで食べたとか。それが転じて、「chocolate in」となり、「chocolatine」つまりショコラティーヌになった・・・という話なのですが、チョコレートの原料のカカオがヨーロッパに入ってきたのは15世紀の終わり、そしてクロワッサンのようなパンがフランスで作られ始めたのももっと後の話。少し無理がありますね・・・。

他にも、この地方の方言からショコラティーヌと呼ばれるようになったという説もあります。真偽は分かりませんが、ただ一つ言えることは、かつてのアキテーヌ公国のあった場所ではパン・オ・ショコラは買えないということです。

3. パン・オ・ショコラVSショコラティーヌ論争

フランス南西部のボルドーやトゥールーズなどを皆さんが旅行することがあれば、試しにパン屋で「パン・オ・ショコラください」と声をかけてみてください。たぶん、怪訝な顔をされるか、「ショコラティーヌならありますけど」と訂正されるか、もしくは「売ってないです」、あるいはフランスパンにチョコレートをはさんだものを差し出されるかもしれません。冗談のような話ですが、そこではそれくらいパン・オ・ショコラかショコラティーヌなのかは真剣な話です。

ボルドー駅前のパン屋の看板。左はショコラティーヌ、右はパン・オ・ショコラでここでは全く別のものとして扱われている。

たかが呼び方、されど呼び方。2018年には、この論争の場がなんとフランスの国民議会にまで広がりました。10名ほどの共和党議員が、農事と水産法の修正案を提出したのです。これは、製品の呼称を見直すことによって、地方の伝統的で質の高い商品の再評価につながるというもの。答弁に立った議員は、例として、南部の誇りであるショコラティーヌを挙げました。当時の農林水産相に「議会のレベルにない」とコメントされ、最終的に否決されましたが、ネット上でこのパン・オ・ショコラVSショコラティーヌ論争が再燃したのは言うまでもありません。

4. 気になるフランス大統領の意見は?

年が明けて、2019年の1月11日。フランス大統領官邸のエリゼ宮では、エマニュエル・マクロン大統領が国内のパン職人を招いて巨大なガレット・デ・ロワをふるまいました。毎年恒例のこの行事の中で、パン・オ・ショコラとショコラティーヌ問題についても言及しました。

フランス北部のアミアン出身のマクロン大統領ですが、この論争に足を踏み入れることは避けたいとし、中立の立場を明らかにしました。不用意な発言をすると、南仏の人たちを敵に回しかねないという政治的な判断でしょうか。

もちろん、この話題については、大統領でなくても、相手によってはパンの呼び方に気をつけるに越したことはありません。意見を求められたら、部外者は中立が一番かもしれません。ともあれ、大事なのは、パン・オ・ショコラであれ、ショコラティーヌであれ、その呼び名の裏にある地方それぞれの伝統や歴史を尊重する気持ちを持つことではないでしょうか。