モン・サン・ミッシェルへの巡礼と銀翼の大天使ミカエル像
モン・サン・ミッシェルの歴史を語る上で、大天使ミカエルの存在を無視することはできません。神秘の島の名前にある「サン・ミッシェル」とはフランス語で大天使ミカエルのことを指します。
翼を広げ、鎧を身に纏い、剣と盾を持つ大天使ミカエルの姿は騎士の姿そのもの。大天使ミカエルが天国を守る騎士である証拠です。英仏百年戦争(1337-1453)の際に、ジャンヌ・ダルクに啓示を与え、彼女がフランスを勝利に導いてからは、フランスの守護天使として崇められるようになりました。
また、中世のヨーロッパにおいて、大天使ミカエルの信仰は絶大なもので、モン・サン・ミッシェルは古くよりローマやエルサレムなどに次ぐ一大巡礼地として栄えました。貧しい者からフランス王まで、貧富や身分の違いを超えて多くの巡礼者が訪れたのです。

現在のモン・サン・ミッシェルには、島の至るところに色々な表情で描かれた大天使ミカエルの姿があります。中でも一番有名なのは、山の頂上にある金色に輝く像でしょう。しかし、それに勝るとも劣らない美しさを誇るのが、島の中腹にあるサン・ピエール教会の中に安置された銀色の像です。
サン・ピエール教会の大天使ミカエル像
この像が作られた1870年代は、モン・サン・ミッシェル修道院はフランス革命後の70年間にわたる刑務所時代の管理のずさんさの代償を払わされ、院内のあらゆる場所を早急な修復が必要な状態でした。そのため、所有者である国が介入し、大がかりな修復作業を行うことになったのです。その後、1966年まで修道院としての役割を取り戻すことはありませんでした。
修道院の機能が停止したその空白の1世紀の間、地元の聖職者たちの大天使ミカエル信仰と巡礼の再興のために活動したこともあって、モン・サン・ミッシェルには再び巡礼者が多く訪れるようになりました。この背景には、1870年に普仏戦争に敗れた反動で、ナショナリズムの高まりとともに、国を象徴するシンボルとして大天使ミカエルが再び脚光を浴びたという時代の流れもありました。

巡礼者を受け入れることができない修道院に代わり、大天使ミカエル信仰の聖地となったのが島の中腹にあるサン・ピエール教会。修道院の中にあったこの銀翼の像は、1895年に村の教会に移され、新たなる巡礼の象徴として、フランス各地から訪れる巡礼者に崇められるようになりました。ちなみに、それから2年後、島の頂きに君臨するようになったのが、金色の大天使ミカエル像でした。