オンフルール旧市街にあるフランス最大の木造建築の教会
こんにちは。フランス政府公認ガイドの濵口謙司(@tourismjaponais)です。
セーヌ川の河口にあるオンフルールはかつてブーダンやモネなどの印象派の画家が過ごしたノルマンディーの町。旧市街にあるル・ヴュー・バッサン(Le Vieux Bassin)と呼ばれる港の周りには、主に17世紀から18世紀にかけて建てられた細長い建物が軒を連ねていて、まるで絵画のような美しい景色が広がっています。

特徴的なそれらの建物の後ろに顔を出しているのがサント・カトリーヌ教会(Église Sainte Catherine)の尖塔です。この教会はフランスではとても珍しい木造建築でできていて、港町であるオンフルールを象徴する建物の一つです。
なぜサント・カトリーヌ教会は木造なのか?

現在のサント・カトリーヌ教会はイングランドとフランスの間で戦われた百年戦争後の15世紀後半に建てられ始めたもの。それ以前の元々あった教会は1419年にイングランドの侵攻により破壊されたのですが、かつての教会は石でできていたと言われています。また、フランスの教会は石造りが普通です。
ところが、現存するサント・カトリーヌ教会の建物はフランスでも珍しい木造建築です。なぜ以前のように石で教会を再建しなかったのでしょうか?
その理由の一つとして挙げられるのが財政的な問題と言われています。つまり、教会の建築のために石材を使うだけの十分な費用を工面できなかったと考えられています。
一般的に言って、中世では石材の運搬などにより多くのコストがかかることから、木材などに比べて石材は高価な資材とされていました。王や貴族などの建物の建物が石で作られた一方で、ルーアンなどに代表されるノルマンディー地方の民衆の家の多くは安価な木や土を使った木骨造りで作られました。
オンフルールも例外ではなく、旧市街には多くの木骨造りの家並みが残っています。街の近くに森があったこともあり、木材の調達には不自由しなかったのです。

サント・カトリーヌ教会は当時のフランスにおいて主流の建築様式であったゴシック様式で建てられています。窓の上部のステンドグラスを取り囲む三つ葉の形などは、木で作られていることを除いては、装飾面では同時代に作られた石造りの教会に見られるような作りをしています。一方で、中に入ると、石造りの教会にはない木ならではのぬくもりが感じられるような気がします。
天井部分に視線を向けると、まるで船の底をひっくり返したような形になっているのが印象的です。これはノルマンディー地方の中世の教会建築によく見られるもの。オンフルールは英仏海峡とパリなどをつなぐ海上交通の要路であるセーヌ川の河口にあることから、港として発展し、造船業が発達していました。実は、サント・カトリーヌ教会は当時手に入る資材であった木材を、それについて熟知する職人である船大工が作った建物なのです。
サント・カトリーヌ教会のかつての姿
今のサント・カトリーヌ教会の姿は19世紀後半に行われた修復工事を経たものですが、実は、19世紀には西側の入り口に新古典主義の石造りのポーチ(玄関口)がありました。
新古典主義様式とは、古代のローマやギリシャの美術や建築を模範にした西洋芸術の流れです。上記の昔のポストカードの写真で教会の建物の右側を見ると、ギリシャ神殿を思わせるような三角形の形をした屋根と立派な柱が、不自然に木造の教会に取り付けられているのが分かります。

20世紀になると、19世紀のポーチの代わりに、建物により調和したノルマンディーの田舎の教会のものをモデルにした下の写真のような新たなポーチを作りました。ギリシャやローマの古典様式に回帰した19世紀から、地方ならではの建築に関心を持ち、それを模倣していった20世紀初頭へ。こうした建物の姿の変遷からフランスの建築の流れを垣間見ることができるのは興味深いところです。

ちなみに、教会の外に出ると、正面に時計塔のような建物があります。これは、教会の鐘楼で、鐘楼が別の建物になっているのもサント・カトリーヌ教会の特徴です。この建物は現在はウジェーヌ・ブーダン美術館の別館として使われています。
オンフルール生まれの画家ウジェーヌ・ブーダンは少年時代のモネと一緒に野外で絵を描き、後に印象派を代表する画家になるモネに大きな影響を与えました。ブーダンが描いたサント・カトリーヌ教会の鐘楼の絵が長い間モネが描いたものとされていたことからもお互いのスタイルが似ていたことが分かります。
きっと、彼らは多くの時間をこの教会の前で絵を描いて過ごしたことでしょう。他にはない木造ならではの教会の建築美が多くの人を魅了するのは、きっとモネの時代も同じだったんじゃないかとこの教会を訪れると思わずにはいられません。