ジヴェルニーのモネの家にある浮世絵の秘密

北斎や広重など231点あったモネの浮世絵コレクション

フランスの印象派を代表する画家であるクロード・モネ。ノルマンディー地方のジヴェルニーには彼が晩年を過ごした家があります。季節とともに移り変わる様々な色の花が咲き誇る庭があまりにも有名ですが、家の中にも見どころはたくさん。青と白の陶器でできたタイルが美しい台所や黄色で統一されたダイニングルームなどは彼が暮らしていた当時の様子を想像させてくれます。

モネの家と庭は日本人にとっても身近に感じられる場所。竹やぶを抜けたところにある睡蓮が咲く池にかかる太鼓橋を連想させる橋の名前は「日本の橋(pont japonais)」。そして、何と言っても日本人の訪問者が一番驚くものの一つが、建物のいたるところに掛けられた浮世絵。彼は浮世絵のコレクターとしても知られていて、その数はなんと231にも登ります。当時の彼の日本への関心が伺えるものです。

開国前夜、フランスのジャポニスムの黎明期

ジャポニスムとモネ

モネが所有していた北斎の浮世絵
モネが所蔵していた浮世絵の一部

モネがまだ少年だった頃、日本は開国に踏み切り欧米の文化が流入するようになります。それと同時に浮世絵や美術品などがヨーロッパに渡り、パリでも万国博覧会などで展示されるようになると、多くの芸術家の間でもその関心が高まり始めました。西洋美術の伝統にはなかった浮世絵の平面的な色使いや遠近法に囚われない斬新な構図は分野を超えて大きな影響を与えることに。彼らは極東の国の地を踏むことなく、ジャポニスムと呼ばれる流れを作っていきました。

画家として成功を収め、印象派のグループの中心にいたモネ。彼はジヴェルニーに引っ越した後も、常にパリで開かれる浮世絵などの日本美術の展覧会などの最新情報を常にチェックしていました。印象派の仲間であるピサロや交流のあったロダンなどと一緒に広重や歌麿の絵を見て、感想を述べ合っていたのです。

フランスの印象派の画家は19世紀のフリーランスのノマドワーカー?

モネのコレクションの始まりとその行方

ところで、モネがいつ浮世絵を買い始めたのでしょうか?それは今でも専門家の間で意見が分かれるところ。16歳の時にル・アーヴルで最初の浮世絵を買ったと彼は言ったとか、あるいは1871年にオランダを旅行した時に買ったとか、それよりもっと後のジヴェルニーに定住してからだとか・・・真偽はともかく、彼は日本という国に浮世絵を通じて魅せられていったのは確か。

モネはある特定の画家の浮世絵を集めるということに執着はせずに、彼の美的感覚に合うものを選んで購入していたようです。とはいえ、18世紀以降の浮世絵の流れを俯瞰するには十分で、特に花鳥画を好んだようです。

モネの庭

彼の死後は息子のミッシェルに自らの絵などともに浮世絵コレクションは委ねられました。ミッシェルは生計を立てるために父の財産の多くを手放したため、モネの描いた絵やモネが所有していたルノワールなどの多くの所蔵品はかつての持ち主の家を離れていきました。しかし、その時には浮世絵は高く値段がつかなかったため、その大半が売られることなく残ったのです。現在私たちが彼の浮世絵のコレクションをまとめて見られるのはそのためなのです。

日本とフランスの間で外交関係が結ばれて2018年でちょうど160年になります。それを記念してモネの庭には彼が描いた牡丹の庭を再現しようと、松江市の日本庭園「由志園」から牡丹30株が贈られました。見たことのない国の景色を描いた浮世絵を集めていたモネは日本から来た牡丹の花を見たら何と言うのでしょうか。

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