リールの歴史の生き証人「グラン・プラス」と女神像の誕生秘話

リールの誇る大広場「グラン・プラス」が語る街の歴史

フランス北部オー・ド・フランス(Hauts-de-France)地方のベルギーとの国境近くにある街リール(Lille)はフランスの北の玄関口として知られています。ベルギーやオランダはもちろん、イギリスからも多くの観光客が高速鉄道ユーロスターでやってきます。

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そんな国内外の観光客のみならず地元のリール市民が集う場所がジェネラル・ド・ゴール広場(Place du Général-De-Gaule)です。実はリールはシャルル・ド・ゴール(Charles De Gaule)の生誕地でもあります。空港の名前としても知られていますが、彼は第二次世界大戦中のドイツ占領下のフランスを率いた軍人であり、現在のフランスの政治体制である第五共和政の最初の大統領でもあります。そんな地元の英雄に敬意を表してつけられた広場の名前ですが、地元ではグラン・プラス(Grand’Place)と呼ばれています。

なぜ「グラン・プラス」と呼ばれるのか?

「グラン・プラス」という名前はリールだけのものではなく、かつてフランドル伯領を形成していたフランス北部、ベルギー、そしてオランダの街の中心にある広場に一般的に使われています。ユネスコ世界遺産にも指定されていて、世界で一番美しい広場とも言われるブリュッセルの大広場の名前もまたグラン・プラスです。

グラン・プラスはオランダ語でGrote marktと呼ばれます。つまり「大市場」です。フランドルは毛織物などの商業が栄え発展していた歴史があり、多くの街はその中継地点としての役割を担っていました。そして、街の中心部にある大広場では地元や遠くから運ばれてきた商品が並ぶ街で一番大きな市場が定期的に行われていたのです。