ブルターニュ地方でペプシよりも飲まれているご当地コーラとは?

ブルターニュで生まれ、ブルターニュだけで製造されるブレイス・コーラ

breizhcola

フランスの北西部のブルターニュ地方はとても郷土愛が強いことで知られています。お酒の地元ブランドは数知れず、名物のりんごのお酒のシードルはもちろん、地ビールに関してもブルターニュ発のブランドが数多く存在しています。

だったら「地コーラ」を作ってみたらどうだろうか?

このアイデアは当時ビール醸造会社のランスロ(Lancelot)社で働いていたステファン・ケルドデ(Stéphane Kerdodé)によって2002年に現実のものとなります。これがブルターニュ地方でのみ生産され、地元の人に根強い人気を誇っているブレイス・コーラ(Breizh Cola)なのです。

ブレイス・コーラの誕生の経緯とは?

ブレイス・コーラが生まれた経緯はランスロの歴史抜きには語ることができません。ランスロ社は創業者のベルナール・ランスロ(Bernard Lancelot)がハイネケンなどの大手のビール会社に対抗できるブルターニュならではのビールを作ろうと1990年に立ち上げた会社です。彼はブルターニュの歴史と文化に敬意を払い、かつてその地に根を下ろしていたガリア人(ケルト人)のビールを現代風にアレンジし、大成功を収めます。その後も次々とブルターニュにまつわるビールを世に送り出しました。

その後、創業から10年近くの時が経ち、ランスロ社は新たな商品展開を模索する中、当時インターンとして働いていたステファン・ケルドデ(Stéphane Kerdodé)が当時流行していたレモナードの工場を視察します。その経験から着想を得て、ブルターニュならではのコーラを作るアイデアを思いつきました。彼は製造部門の責任者であり生物化学のエンジニアでもあるエリック・オリーヴ(Eric Ollive)と協力し、9ヶ月の製造期間を経て2002年に最初のコーラを作り出したのです。

ブルターニュのコーラがパリにまで

ステファンとエリックはこのブルターニュ発のコーラをブレイス・コーラと名付け、自らの会社ファー・ウエスト(Phare Ouest)社を設立しました。Phareはフランス語で灯台を意味し、ブルターニュのシンボルの一つでもあります。

ベルナールの協力を得てランスロ社の製造ラインと販売ルートを使ったことが功を奏し、ブルターニュを中心としたフランス北西部でシェアを拡大していきました。2003年には5000本の出荷から始まったブレイス・コーラの売り上げは右肩上がりに伸び続け、2010年にはブルターニュ地方においてはついにペプシコーラを抜き、コカコーラに次ぐ業界第2位のシェアを占めるまでになりました。

勢いはその後も止まることがなく、ブレイス・コーラは2013年には首都パリに進出しました(下記の映像はその当時の宣伝です)。現在ではファー・ウエスト社は定番のブレイス・コーラだけでなく、ブレイス・コーラ・ゼロやステヴィア・コーラ、アイスティーなどの姉妹商品を市場に送り出しています。これらの商品はブルターニュ地方にあるスーパーの清涼飲料売り場に行くとすぐ見つかります。普段はコカコーラ派かペプシコーラ派のあなたも、この機会にぜひブルターニュのご当地コーラを味わってみてはいかがでしょうか?

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