フランス東部ランスで世界遺産のシャンパンセラーを訪れる

シャンパンとランスの知られざる関係とは?

こんにちは。フランス政府公認ガイドの濵口謙司(@tourismjaponais)です。

フランス東部に位置するランス(Reims)は大聖堂をはじめとした世界遺産に指定されている建築群で知られています。歴代のフランス王が戴冠したところでもあることから、フランスの歴史を語る上でも避けては通れない街です。そして、もう一つ、ランスを世界的に有名にしているのがシャンパンです。

フランスではお祝いに欠かせないお酒のシャンパン。フランス語では「シャンパーニュ(champagne)」と呼ばれますが、フランス東部の同名の地方で生産されたスパークリングワインのみを指します。

AOP(保護生産地呼称)で守られているため、例えば日本で同じようなお酒を作ったとしても、「champagne」という名前で販売することができないということになります。

今回はシャンパンとランスの深いつながりについてお話しします。

目次

意外に知られていないシャンパンのあれこれ

シャンパンの起源と製法

シャンパンの起源には様々な説がありますが、一般的に知られているのがベネディクト会の修道士のドン・ペリニヨンが発泡するワインの製法を発明したことによるというもの。日本では彼の名前を取ったシャンパンはドンペリの名で親しまれています。

瓶の中で糖分と酵母を入れて二次発酵をさせることで、あの泡がワインに発生します。樽出しから発送まで最低でも15ヶ月、いわゆる◯年物と呼ばれるものとなると最低でも3年以上かかります。

ユネスコ世界遺産でもあるシャンパン

シャンパンはその知名度だけでなく、重要な文化遺産でもあります。ランスやその周辺にあるシャンパンを取り巻く景観やブドウ畑が続く景色は2015年に「シャンパーニュの丘陵・メゾンとカーヴ(Coteaux, Maisons et Caves de Champagne)」としてユネスコ世界遺産に指定されています。

ここで「メゾン」とはフランス語で「家」という意味が一般的な意味ですが、ここでは会社や業者、具体的にいえばシャンパン製造業者のこと。また、「カーヴ」とは地下貯蔵庫のことで、ここではワインセラーを指します。つまり、シャンパンを作り出す環境そのものが世界遺産に指定されているわけです。

そして、見逃せないのが「シャンパーニュの丘陵」。ランス近郊のエペルネーなどに広がるブドウ畑はもちろんのこと、ランス旧市街から少し離れたサン・二ケーズの丘(la colline Saint-Nicaise)が世界遺産の一部となっています。この周辺には多くのシャンパンセラーが集中しています。その理由は貯蔵庫がある地下の歴史と関係があります。

ランスのシャンパンが成功した理由とは?

シャンパンを生んだ土壌

サン・ニケーズの丘の地下には迷路のように伸びるシャンパンの地下倉庫が存在しています。地下20〜40mに位置するこの広大な空間には何百万本ものシャンパンが保管され、その全長200kmは下らないと言われています。

この地下の迷宮は自然にできたものではなく、人の手によって作られたもの。その理由はサン・二ケーズの丘の地下が石灰岩の採掘場として使われたことによります。ちなみに、石灰岩はチョークの原料でもあり、加工が比較的しやすいことから古代から建築資材として使われてきました。

天井には大きな穴があり採掘した石を運び出した形跡が残る。

良質で真っ白な石灰岩は古くは4世紀のローマ時代よりランスの街の地下から切り出され、建築や石灰などの用途で使われました。サン・二ケーズの丘にあるシャンパンセラーの一つ、テタンジェ社の地下を訪れると採掘場の跡が今も残されています。

シャンパンは修道院から生まれた?

こうして形成された巨大な空間の地上には丘と同名のサン・二ケーズ修道院が建てられました。今では地上ではその姿を失ってしまったこの修道院ですが、地下にはかつて修道士たちが使っていた地下礼拝堂などが当時の姿を留めています。

そして時は流れ、時代はルイ14世の治世に。聡明な神学者で歴史家でもあったランス出身のベネディクト会のティエリー・リュイナール師(Dom Thierry Ruinart)はその能力を買われ、23歳にしてパリのサン・ジェルマン・デ・プレ修道院に呼ばれます。

当時のキリスト教社会において重要な研究機関で過ごす中で、パリの貴族たちが自らの生まれ故郷でもあるシャンパーニュ地方で作られた発泡ワインが流行しつつあることを察知しました。まだシャンパーニュと呼ばれる前の話です。

そんな先見性のあったティエリーを見て育った彼の甥ニコラは1729年9月1日に家族の名前であるリュイナールを冠した会社を起業しました。世界で最も古いシャンパンの会社の誕生です。

第一次世界大戦中は爆撃から逃れるため、ランスの住民は街の地下に避難した。

シャンパンを作るためには長い時間をかけての醸成が不可欠。そのために理想的な場所がランスの地下に広がる空間でした。光が当たらず、気温も常時約12度と安定しているという条件はシャンパンの醸成には最適だったのです。18世紀の半ばになるとリュイナール家はサン・ニケーズの丘の地下にある石灰石の採石場跡を買い取り、そこにシャンパンの瓶を保存し醸成するようになりました。その後、丘の周りにはシャンパンの製造会社が増えていったのは自然な流れと言えるでしょう。

個性豊かなランスのシャンパンセラーを訪れる

シャンパンと一口に言っても、たくさんのブランドがあり、それぞれに特色や歴史があります。ランスにあるシャンパン製造会社の多くは地下貯蔵庫であるカーヴを訪れることができるガイドツアー(英語・フランス語他)を提供しています。

ヴランケン・ポメリー社

中に入らず建物を外から眺めるだけでも、それぞれの会社の歴史が伝わってきますが、ローマ時代から存在する地下空間を歩き、貯蔵されているシャンパンの数々を見るとシャンパンの見方が変わること間違いなしです。もちろん、最後には試飲もできます。

ツアーは各社のホームページ、または現地で予約もできます。時間帯によっては込み合うこともあるので、事前の予約がオススメです。

以下、サン・二ケーズの丘周辺にあるシャンパンの会社です。

リュイナール社(Ruinart)

テタンジェ社(Taittinger)

ヴランケン・ポメリー社(Vranken-Pommery)