ストラスブールのラ・プティット・フランス地区の美しさの秘密

元々は産業地区だったラ・プティット・フランス

1988年にはユネスコ世界遺産には「ストラスブールのグラン・ディル(2017年にはノイシュタットも指定された)」として指定されたストラスブールの旧市街には、ドイツとフランスの国境に沿って流れるライン川の支流のイル川が流れています。川の流れを利用して作られた運河は、ラ・プティット・フランス地区にもつながり、ヴェネツィアのような水運都市の趣を見せています。

ストラスブール大聖堂

今ではこの美しい景観を見るために来た世界各国の観光客であふれていますが、かつてこの地区はストラスブールの発展を支えた産業地区でした。旧市街には木骨づくりのカラフルな建物が多く並んでいますが、例えばストラスブール大聖堂の周辺などの建物をラ・プティット・フランスのそれと比べると、後者には彫刻などの装飾がほとんどないことに気づきます。これらの質素な外観が裏付けるように、「小さなフランス」では貴族ではなく、多くの職人が働いていたというわけです。

この一帯を流れる運河は物資の運搬に適していただけでなく、釣りをしたり、粉を轢くために必要な風車を設置するに便利でした。また、皮のなめし工が多く働いた場所でもありました。工房のすぐ近くで、動物の皮を洗うために水がふんだんに使えるということは、仕事面での効率を考えると理想的な立地であったことは想像に難くありません。

1572年に建てられた建物「Maison des Tanneurs」。フランス語で「なめし工の家」という意味で、屋根の下の階は革を干すために使われていた。

この辺りのいくつかの建物をよく見ると、建物上部の階の窓部分が、外に開かれたベランダのようになっています。これは、洗った皮を干すために使われていました。今見ると建物の魅力の一つですが、実は実用的な観点から生み出されたというのは興味深いところです。

現在見られるラ・プティット・フランスの建物の多くは16世紀から17世紀にかけて建てられたものです。ストラスブールの古い建物に共通していることでもあるのですが、この地区でも古い建物は一階部分がレンガや漆喰、二階以上は木骨づくりとなっています。これは、ストラスブールが湿地帯にあったという理由によるもの。資材の特性を考えて、家が長持ちするように工夫された構造であると言えます。

このように、昔の人たちの暮らしぶりを想像しながらラ・プティット・フランスを歩くと、おとぎ話に出てくるような建物や景色も、実は地理的な要因であったり、街の発展を支えた実利的な理由だったということが実感できます。そんな街の歴史を感じながら、「小さなフランス」を散策してみてはいかがでしょうか?

広告