イギリス人が始めたフランスの海水浴場の歴史

フランスの海でバカンスを過ごすイギリス人たち

19世紀後半まではディエップとブローニュ=シュル=メールが海水浴場としての名声を欲しいままに発展していきます。鉄道の発達とともにブルターニュや大西洋岸、そして地中海にも海水浴場が続々と出現するようになると、上記の2つの都市はより多くの観光客を呼び込むためにカジノや高級ホテルなどを海沿いに建てました。これが現在の海沿いの保養地の原型となったと言えます。

産業革命が進み、都会に住むようになったイギリス人たちは自然を求めフランスにも多くやってくるようになります。船を使って数時間で来れることもあって、裕福なイギリス人貴族たちはフランスに住居を構えるようにさえなったのです。ディエップには1860年には少なくとも3000人のイギリス人住民がいたそうです。また、ブルターニュ地方のディナール(Dinard)にも多くのイギリス人が移り住みました。

コート・ダジュールにあるニースでも19世紀初頭にはすでに冬を暖かい場所で過ごしたいイギリス人貴族が多くいました。彼らは地元の経済発展や景観の向上に大きく貢献したのですが、とりわけ特筆すべきなのが素晴らしい眺めを楽しむための散歩道を作ったことでした。

1820年台前半にイギリス人神父のルイス・ウェイ(Lewis Way)が資金を集めて「イギリス人の小道(Camin des Angles)」を作ります。それが後に1860年にニースがフランスに併合された際にプロムナード・デ・ザングレ、つまり「イギリス人の散歩道」として改名されたのです。

今でもフランスの有名な海水浴場には多くのイギリス人が訪れます。実際にフランス語よりも英語の方をよく聞くなんてこともあるくらいです。英仏海峡トンネルを通って車で来れるようになったこともそれをさらに後押ししているのではないかと思います。Brexitによってイギリスがユーロを離脱しても、眩しい日差しと美しい海で過ごすバカンスの味をしめてしまったイギリス人は変わらずフランスの海岸を訪れ続けることでしょう。

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現在のブローニュ=シュル=メールの海水浴場
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