カエサルからナポレオンまで２０００年の歴史を持つ港町

イギリス海峡を臨む港町のブローニュ＝シュル＝メール（Boulogne-sur-Mer）にはカモメの鳴き声と共に多くのイギリス人観光客がやってきます。それもそのはずで、空気が澄んでいる時は対岸にイギリスが見えます。

ブローニュ＝シュル＝メールはフランスで最大の漁港であり、夏になると海水浴場は国内外からバカンスを楽しむ人で溢れかえります。すぐそばにはこれまたフランス最大の水族館ノージカ（Nausicaa）があります。海との繋がりはこの街を語るには欠かせない要素であることは、２０００年にわたる街の長い歴史が教えてくれます。

カエサルから始まる２０００年の街の歴史

ブローニュには２０００年の歴史があり、その起源は紀元前５５年まで遡ります。共和制ローマのカエサルが現在のイギリスのあるグレート・ブリテン島を侵略するために港を作り、その後ローマ帝国の皇帝クラウディアがイギリス海峡の安全を守るために艦隊を組織しました。その司令部を中心にした街が現在の旧市街の原型です。当時の街の形は現在も受け継がれ、城壁の東の角に１３世紀に建てられた城を改装したブローニュ＝シュル＝メール美術館の地下では城壁の跡などを今も見ることができます。

ブローニュ＝シュル＝メール旧市街は小高い丘の上にあり、現在では１３世紀に建てられた城壁に囲まれています。この縦４００m、横３００mの長方形の壁の中には街の歴史が凝縮されています。旧市街の中心には市役所とともにユネスコ世界遺産にも登録されている鐘楼がそびえ立っています。

この鐘楼は当時の伯爵ルノー・ド・ダマルタン（Renaud de Dammartin）によって１２世紀に建てられたと考えられています。彼はフランス王のフィリップ尊厳王（Philippe Auguste）の異名を持つフィリップ２世に敵対を繰り返し、イギリス王のジョンと手を組みフランス王を倒そうと試みますが、１２１４年のブーヴィーヌの戦い（Bataille de Bouvines）で返り討ちにあい、パリのルーヴル城（ルーヴル美術館の前身となる建物で、美術館の地下にはかつての城壁と主塔が残っていて見学が可能です）に幽閉されます。それにより、彼の住居は市民の手に渡り、街の鐘楼として使われるようになったのです。

二人の英雄の足跡

中世には地理的にイギリスから近いこともあり、戦略的な拠点として常にフランスとイギリスの間で所有を巡って争われることとなります。近世になると街は衰退をしていきますが、１９世紀半ばに鉄道が開通し、当時ではまだ珍しい海水浴場やカジノが開業してからは、フランス国内だけでなくイギリスからも多くの観光客が訪れて街は大きな発展を遂げることになります。海と旧市街を繋ぐ大通りのグラン・リュ（Grand Rue）沿いに並ぶ建物の数々は、１９世紀後半の街の繁栄を象徴するものとなっています。

それらの建物の中には、チリ、ペルー、そして祖国のアルゼンチンの独立戦争を指揮した軍人・政治家のホセ・デ・サン＝マルティン（José de San Martín）の終の住処もあります。南米諸国を独立に導いた彼は、独立後の祖国の国内での争いを嫌ってヨーロッパに亡命をします。その後各地を転々として、１８４８年の２月革命で当時滞在していたパリの情勢が不安定になったことからイギリスに渡ることを決意します。７０歳の時に開通したばかりの鉄道でブローニュ＝シュル＝メールを訪れた彼は街を気に入り、２年後に生涯を終えるまでここで人生の最後の時間を過ごしました。今ではフランスを訪れたアルゼンチンなどの南米の観光客がサン＝マルティンの足跡を辿ってブローニュ＝シュル＝メールを訪れます。

また、フランスの英雄ナポレオンも２度にわたって街を訪れています。１８０４年にはイギリスとの戦いに備えて１２万人の大陸軍（Grande Armée）を結集させたことはとりわけ有名です。ブローニュ＝シュル＝メールには現在でも彼が滞在した家が旧市街の市役所のそばに残されています。また、街の郊外には彼が建築を命じた大陸軍記念塔（Colonne de la Grande Armée）があって、その頂上にはイギリスを眺めるナポレオンの姿が今もあります。

カエサルからナポレオンまで、「歴史と芸術の街」としてその名に違わない歴史と文化財の豊かさをブローニュ＝シュル＝メールは誇っています。有名な旅行ガイドブックでは語られない街ですが、ここを訪れるとフランスの知られざる顔をまた一つ見ることができますよ。